20160802_matsumoto023まつもと・ひでき/1971年北海道網走市生まれ。実家は鮮魚店だったが、当初は別の道を選択。
やがて魚屋の素晴らしさに目覚め、東京で高級鮮魚店に就職、1年で店長に抜擢される。その後、35歳で独立し「根津松本」を開業。父同様に高級魚ばかり扱ったため、当初は敬遠されたものの、噂が噂を呼び人気店に。2014年にはプロフェショナルにも取り上げられ、さらに大きな話題に。

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第416回「魚が美しく見えた日」



今回のゲストは、「築地市場で最もいい魚を仕入れる鮮魚商」として注目されている、高級鮮魚店「根津松本」の店主松本秀樹氏さん。かつては俳優を志し、18歳で父親の営む鮮魚店から離れた彼ですが、実家に戻ったある日、陳列された魚を見て「美しい」と胸打たれます。そして魚にかける父の想いを知るのでした。
『BRAND NEW COSMOPOLITAN』では、ニュージーランドのEarth & Sky 代表、小澤英之さんと早川洋平の対談の一部をお届けします。

第417回「魚で何を表現するかにシフトする」


1切れ1000円の紅鮭などの高級な魚を扱う松本さんは、「一流の魚は、表面的な鮮度や美しさにまどわされない」と言います。本当にいい魚は誰が見てもわかるほど圧倒的なオーラを放つそうです。昔ながらの魚屋がどんどん減っていく中で、生き残るために松本さんが心がけていることとは? 「魚屋は芸術」という言葉の真意にも迫りました。
「教えて早川さん」のコーナーでは「ヨガをどのくらいのペースで続けていますか?」という質問にお答えします。

第418回「無理してでも最高のものだけを扱う理由」


最高の魚を仕入れたときには「お前に俺が売れるのか?」と魚から問いかけられているようなプレッシャーを感じるという松本さん。一流の食材しか扱わないからこそ、「すべてにおいて何の不備があってはならない」という気負いを感じるといいます。「質を落とせばもっとラクなのはわかっていた」と言いながら、こだわりを持って一流の魚だけを扱い続けた理由とは? 
ヨイコトヨイモノのコーナーでは、早川洋平おすすめのCDボックスセットをご紹介します。

第419回「プロフェッショナルとは、微笑を浮かべながら苦境に耐える人」


今でこそ有名な「根津松本」ですが、お店を始めた当初は認知度も低く、なかなか売り上げが伸びなかったといいます。大切な家族もいながら、多額の借金を抱えて、首の皮一枚の時期が続いたときは、松本さんも焦りを感じたそうです。それでも、自分を信じて信念を貫いた松本さんに、「このひとが本物だと思う瞬間は?」とたずねました。
「教えて早川さん」では「映像が流行っていますが、あえて音声にこだわる理由はなんですか?」という質問にお答えします。

上記本編には載せきれなかったゲストとの秘蔵ショートトークは、キクマガオーディオメンバー(無料)に登録いただけるとお楽しみいただけます。

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